占領時代の1947年、1年だけ存在した職業野球の国民リーグを題材にした、日本で唯一の長編小説。
佐野眞一による正力松太郎の評伝『巨怪伝』でも重要な資料として詳しく紹介されている。
私は日刊現代を退職する前年の2005年、戦後の球界の復興を描いた『プロ野球の黄金時代』という連載記事を書き、その中でこの国民リーグを取り上げた。
僅か1シーズンで滅びた独立リーグだけに公式の資料はほとんど残っておらず、新聞や雑誌の記事で当時の模様を再現するに当たり、如何ともし難い限界を感じた記憶が残っている。
国民リーグの創始者は、のちに西鉄ライオンズのスカウトとなり、名将・三原脩の右腕として知られた宇高勲。
その宇高に引きずり込まれ、宇高の跡を継いで2代目連盟会長に就任せざるを得なくなった大塚幸之助が本作の主人公である。
大塚はもともと職業野球の選手になる夢を抱いていたほどの野球狂で、終戦直後にこうもり傘の製造販売に精を出しながら、仕事の合間を縫っては草野球に興じていた。
花街に芸者の妾を囲う甲斐性もあり、この時代の働き者にして遊び人だった実業家像が伝わってくる。
やがて宇高の知遇を得た大塚は、自ら職業野球のチームを立ち上げ、国民リーグへの参加を決心。
様々な苦難を乗り越え、有形無形の圧力をかけてくる日本リーグとの対決の矢面に立つようになってゆく。
国民リーグ創立までの大塚個人の立身出世話が長く、リーグ解散に至る経緯がいささかアッサリしているのが物足りないと言えば物足りない。
それでも、大下弘の勧誘、鈴木龍二との対決、川上哲治との面談など、興味深いエピソードが矢継ぎ早続く後半は、球史に興味のあるオールドファンには読み応えたっぷりだ(著者の創作も混じっているようだが)。
主人公の大塚は会社をたたんだあとも球界に長く関わり、一時は東スポの専務や監査役を務めていたという。
そういう歴史のある新聞社に、いま自分がお世話になっているわけだ。
また、宇高は晩年の住居を伊豆に置き、巨人OBの日刊ゲンダイ評論家・堀本律雄と長らく近所付き合いをしていた。
生前はよく「いつか自分の手で国民リーグのことを本に書きたい」と話していたと、在職中に堀本さんから聞いたことがある。
それやこれやとあって、個人的にはいろいろな意味で縁を感じた一冊でした。
電子書籍ででも復刻されないものか。
2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録
19『失われた球譜』阿部牧郎(1998年/文藝春秋)※
18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)※
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)