『タクシー運転手 約束は海を越えて』(WOWOW)

(택시운전사/137分 2017年 韓国 日本公開2018年)

1980年5月、韓国全羅南道光州市で起こった全斗煥大統領と戒厳軍による民衆弾圧事件、いわゆる光州事件を舞台とした実話に基づく人間ドラマ。
日本特派員だったドイツ人ジャーナリストをソウルから光州市まで連れて行き、献身的に協力し続けたタクシードライバーの姿を描いている。

タイトルロールのタクシー運転手を演じているのは、『JSA』(2000年)、『殺人の追憶』(2003年)、『弁護人』(2013年)など、社会的事件の実話物や政治色の強いサスペンスの主演作品が多いソン・ガンホ。
『スノーピアサー』(2012年)のように、最初のうちは頼りない父親と思わせておいて、後半から正義感や社会的意義に目覚め、どんどん逞しくなってゆく人間像を演じさせたら当代随一の役者でもある。

本作でガンホが演じるキム・マンソプ(実在したモデルはキム・サボク)も、かつてはアル中で病身の妻に満足な治療を受けさせてやることができず、あげく先立たれて11歳の娘をひとりで育てている男やもめ。
現在は個人タクシーの運転手をしているが、借家の家賃を4カ月も滞納している上、家賃を払うから金を貸してくれと大家に頼み込むような甲斐性なしだ。

そんなキムが、ソウルから光州市に連れて行けば往復10万ウォン払う外国人記者がいる、という話を小耳に挟み、他社の運転手を出し抜いて金浦空港へ急行。
このドイツ人記者ピーター(実際はユルゲン)・ヒンツペーター(トーマス・クレッチマン)をつかまえ、ろくに英語も話せないのに「5年間サウジアラビアで働いたから大丈夫」と出任せを言って光州市へ向かう。

検問をかいくぐって着いてみると、そこは全斗煥による軍事クーデターと政権掌握に抗議する学生や市民が軍隊に弾圧、という以上に蹂躪されている最中だった。
兵士たちが次から次へと丸腰の一般市民を棍棒で殴りつけ、倒れたところを蹴飛ばし、さらにアサルトライフルで銃撃するこの場面は、一瞬ドキュメンタリー映画かと見まごうほどの大変な迫力。

ここでキムを人間的に成長させるのは、命懸けでカメラを回し続けるヒンツペーターの姿以上に、そのヒンツペーターに協力を惜しまない光州市民たちである。
炊き出しを作っている女性たちはおにぎりを差し出し、英語のできる大学生ク・ジェシク(リュ・ジョンヨル)はヒンツペーターの通訳を買って出て、キムと同じタクシー運転手ファン・テスル(ユ・へジン)は「ここで起こっている事実を世界に伝えてくれ」と訴える。

キムがヒンツペーターとともに光州から脱出を図り、戒厳軍が追いかけてくると、ファンたち光州の運転手たちはタクシーを駆り、自ら盾となってキムたちを逃がそうとする。
このクライマックス、映画的誇張もあるにせよ、〝光州タクシー部隊〟にヒンツペーターが助けられたこと自体は事実だという。

実在のヒンツペーターは2016年に亡くなったが、前年の15年に本作のためのインタビューを受けており、エンディングでその貴重な映像が映される。
キム・サボクさんにもう一度会いたいけれど消息不明だ、もう一度会ってキムさんの運転するタクシーに乗っていまの韓国を見て回りたい、という78歳となったヒンツペーターの言葉が胸に染みる。

そのサボクは1984年、ヒンツペーターよりもずっと早くこの世を去っていた。
映画の公開後に名乗り出た息子キム・スンピルによると、光州での経験に大きなショックを受け、やめていた酒を飲むようになり、最期は肝臓がんで亡くなったそうである。

オススメ度A。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2019リスト
A=ぜひ!(^o^) B=よかったら(^^; C=ヒマなら(-_-) D=やめとけ(>_<)
※ビデオソフト無し

62『ゲティ家の身代金』(2017年/米)B
61『ブルーサンダー 』(1983年/米)A
60『大脱獄』(1970年/米)C
59『七人の特命隊』(1968年/伊)B
58『ポランスキーの欲望の館』(1972年/伊、仏、西独)B
57『ロマン・ポランスキー 初めての告白』(2012年/英、伊、独)B
56『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年/米)A
55『ウインド・リバー』(2017年/米)A
54『アメリカの友人』(1977年/西独、仏)A
53『ナッシュビル』(1976年/米)A
52『ゴッホ 最後の手紙』(2017年/波、英、米)A
51『ボビー・フィッシャーを探して』(1993年/米)B
50『愛の嵐』(1975年/伊)B
49『テナント 恐怖を借りた男』(1976年/仏)B
48『友罪』(2018年/ギャガ)D
47『空飛ぶタイヤ』(2018年/松竹)B
46『十一人の侍』(1967年/東映)A
45『十七人の忍者 大血戦』(1966年/東映)C※
44『十七人の忍者』(1963年/東映)C
43『ラプラスの魔女』(2016年/東宝)C
42『真夏の方程式』(2013年/東宝)A
41『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』(2018年/米)B
40『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年/米)B
39『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』(2018年/米)C
38『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(2017年/米)D
37『デッドプール2』(2018年/米)C
36『スキャナーズ3』(1991年/加)C
35『スキャナーズ2』(1991年/米、加、日)C
34『スキャナーズ』(1981年/加)B
33『エマニエル夫人』(1974年/仏)C
32『死刑台のエレベーター』(1958年/仏)B
31『マッケンナの黄金』(1969年/米)C
30『勇気ある追跡』(1969年/米)C
29『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年/米)A
28『ドクトル・ジバゴ 』(1965年/米、伊)A
27『デトロイト』(2017年/米)B
26『クラッシュ』(2004年/米)A
25『ラ・ラ・ランド』(2016年/米)A
24『オーシャンズ13』(2007年/米)B
23『オーシャンズ12』(2004年/米)C
22『オーシャンズ11』(2001年/米)B
21『オーシャンと十一人の仲間』(1960年/米)B
20『マッキントッシュの男』(1973年/米)A
19『オーメン』(1976年/英、米)B
18『スプリット』(2017年/米)B
17『アンブレイカブル 』(2000年/米)C
16『アフター・アース』(2013年/米)C
15『ハプニング』(2008年/米)B
14『麒麟の翼〜劇場版・新参者』(2012年/東宝)C
13『暁の用心棒』(1967年/伊)C
12『ホテル』(1977年/伊、西独)C※
11『ブラックブック』(2006年/蘭)A
10『スペース・ロック』(2018年/塞爾維亜、米)C
9『ブラックパンサー』(2018年/米)A
8『ジャスティス・リーグ』(2017年/米)C
7『ザ・リング2[完全版]』(2005年/米)C
6『祈りの幕が下りる時』(2018年/東宝)A
5『ちはやふる 結び』(2018年/東宝)B
4『真田幸村の謀略』(1979年/東映)C
3『柳生一族の陰謀』(1978年/東映)A
2『集団奉行所破り』(1964年/東映)B※

1『大殺陣』(1964年/東映京都)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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