ミニシアター限定ながら、4月22日に公開されて以来、2カ月以上のロングランを続けているドキュメンタリー映画の問題作。
いわゆる日韓の従軍慰安婦問題について、肯定派と否定派双方の関係者や論客にインタビューを重ね、この問題の核心に迫っている。
序盤に登場するのは否定論者で、タレント兼弁護士ケント・ギルバート、ジャーナリスト・櫻井よしこ、自民党衆院議員・杉田水脈など、よく知られた著名人に加え、YouTuber〈テキサス親父〉トニー・マラーノ、そのマネージャー・藤木俊一、市民団体〈なでしこジャパン〉代表・山本優美子ら、口達者なコメンテーターが次々に持論を展開。
慰安婦問題は事実無根、日本軍は強制連行などしていない、彼女たちは性奴隷ではなく職業売春婦だった、現に高い報酬を得て裕福な暮らしをしていた、などと主張する。
日本人の観客はこのあたりまで、彼らの言うことには一定の説得力があると感じながら観ていた人が多いのではないか。
慰安婦問題はわが国のジャーナリズムでは否定的に報じられることが多く、朝日新聞の慰安婦報道取り消し問題、アメリカにまで波及した慰安婦像設置問題、文在寅政権による日韓合意の一方的破棄宣言などもあり、誰しも大なり小なり嫌韓感情を覚えた記憶があるはずだから。
そのため、様々なニュース映像で見せられる肯定派の意見、デモに参加した韓国人たちの言動も、最初のうちは闇雲に感情的になって日本に噛みついているようにしか見えない。
が、監督として自らインタビューも行ったミキ・デザキは、否定派の論旨、例えば杉田議員のコメントなどに看過しがたいダブルスタンダード(御都合主義と言ってもよい)が潜んでいることを指摘する。
そして、「慰安婦問題はあった」と訴える韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)代表ユン・ミヒャン、〈ナヌムの家〉看護師で慰安婦の娘イン・ミョンオクら、この問題の運動家や当事者たちが続々と登場。
慰安婦の存在を肯定している日本人たち、歴史学者・吉見義明、「性奴隷」という言葉を広めた弁護士・戸塚悦朗、歴史学者・林博史らもインタビューに答え、否定派が何をどう誤解し、歪曲しているかを細かく説明していく。
そうした中で、元慰安婦の証言がその時々で内容が変わること、同じ肯定派の中でも挺対協のミヒャン、『帝国の慰安婦』を書いた日本文学者パク・ユハとでは意見が食い違っていることなど、この問題で押さえておかなければならない重要なポイントも詳しく検証。
デザキは様々な資料を映像で見せ、そこにマーカーを引いて見せるネット的な手法なども駆使し、何が事実で何が事実とは異なっているのか、できるだけわかりやすく観客に伝えようとしている。
双方のコメントもきちんと交通整理されており、クローズアップの多用が効いていて、誰の言うことも無味乾燥な「情報」ではなく、生々しい「肉声」として伝わってくる。
こう言っては失礼ながら、櫻井やギルバートの言葉や表情は、いい意味でも悪い意味でも、これまでにテレビで見たときよりもよっぽど人間味を感じさせた。
全体としては慰安婦問題について詳しくない、あるいは漠然としたイメージしか抱いていない観客にも、問題の全体像がよく理解でき、ディテールや核心部分がしっかり吞み込めるように作られている。
アメリカのドキュメンタリー作家マイケル・ムーアと違い、デザキ本人はナレーターを務めているだけで、自分の主張を露骨に押しつけようとしてないところも共感できる。
ただし、エンディングで明かされるデザキの個人的な結論については、そういう見方もできるとは思うものの、全面的に賛同することは差し控えたい。
また、こんな発言の切り取り方をされたら怒る人もいるだろうな、と思っていたら案の定、一部の取材協力者は記者会見を開いて本作の上映反対を主張しているそうだ。
そうした波紋を広げていることも含めて、最近では最も興味深く観たドキュメンタリー映画ではある。
採点は85点です。
渋谷シアター・イメージフォーラム、アップリンク吉祥寺などで公開中
2019劇場公開映画鑑賞リスト
※50点=落胆 60点=退屈 70点=納得 80点=満足 90点=興奮(お勧めポイント+5点)
6『長いお別れ』(2019年/アスミック・エース)75点
5『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年/米)80点
4『アベンジャーズ エンド・ゲーム』(2019年/米)75点
3『ファースト・マン』(2018年/米)85点
2『翔んで埼玉』(2019年/東映)80点
1『クリード 炎の宿敵』(2018年/米)85点