『ナッシュビル』(WOWOW)

(Nashville/159分 1975年 アメリカ=パラマウント・ピクチャーズ 
日本公開1976年)

アメリカの巨匠ロバート・アルトマンの最高傑作とされている大作で、中学生だった劇場公開当時は観に行く機会に恵まれなかった。
アカデミー作品賞、監督賞にノミネートされるなど、高い評価を受けていることだけは映画雑誌〈スクリーン〉や〈ロードショー〉で知っていて、収集ブームだったチラシも入手している。

本国では現在も映画史に残る名作と位置づけられており、アメリカ議会図書館の国立フィルム登録簿に登録されている。
しかし、日本では今日ほとんど再評価されておらず、同じアルトマン作品でも『M★A★S★H マッシュ』(1970年)あたりに比べると顧みられる機会が極端に少ない。

これはいったい何故なのかと、長らく疑問に思っていたのだが、このトシになってやっとノーカット字幕番を鑑賞し、ようやくわかった。
要するに、テーマも内容も、時代を反映した皮肉やユーモアも、アメリカ人でなければ理解できず、日本人にはピンとこないからだ。

舞台となる1974年のテネシー州ナッシュビルは、アメリカ人にとっては国民的音楽ジャンル、カントリー&ウエスタン(C&W)のメッカであり、発祥の地。
開巻早々、C&Wコンサートのポスターやレコードのジャケ写を模したタイトル・デザインでオールスター・キャストが紹介され、ナッシュビルの大御所とおぼしき歌手が建国200年記念の新曲をレコーディングしている場面から本篇に突入する。

この歌手ヘヴン・ハミルトン(ヘンリー・ギブソン)がヌーディ・スーツ(上下白のスーツに派手なラメと刺繍をあしらったC&W定番の衣裳)に身を包み、朗々たる声で歌を熱唱し、コーラスガールの声が重なる。
私にはモデルはわからないが、歌とルックスは何となくニール・ダイアモンドを思わせる。

まさにC&Wミュージカルの大作ならではの出だしだ、と思われたのも束の間、ヘヴンはサビの部分で癇癪を起こし、何度もレコーディングをやり直す。
何か妙だな、おかしいな、と首を捻っていたら、画面が変わってナッシュビルを代表する女性歌手バーバラ・ジーン(ロニー・ブレイクリー)が登場。

バーバラは行く先々でファンやマスコミに囲まれるが、彼女は長年の歌手生活で精神を病んでおり、まともに歌が歌えない。
いざステージに立つと、子供のころの思い出を延々と話し続け、やっと歌い始めたと思ったら歌詞をど忘れして醜態をさらす。

最も惨めな目に遭わされるのは、カントリー・シンガーを目指しているウエイトレスのスーリーン・ゲイ(グウェン・ウェルズ)。
バーのオーナーに「バーバラ・ジーンと共演させてやるから」と出任せを吹き込まれ、ストリップをやらされたあげく、歌手になれる才能も見込みもないと店の外へ放り出されてしまうのだ。

ライヴツアーでやってきた若い歌手、トム・フランク(キース・キャラダイン)は本業よりも行く先々で女性ファンをナンパし、セックスすることしか考えていない。
しかも、トリオで活動しているのに、他のメンバーに内緒で独立し、ソロになろうと画策している。

映画評論家・町山智浩氏の『WOWOW映画塾』によると、このトムのモデルは若き日のクリス・クリストファーソンだというが、私生活までそっくりなのかどうかはわからない。
このように、C&Wのスターたちがゴーマンじじいだったり、精神病患者だったり、女とヤルことしか考えていないイカレポンチだったりと、この映画は国民的歌謡の裏側を露悪的に描き、徹底的にコケにしている。

しかし、そうした現状を見せつけられながらも、ナッシュビルの人々はC&Wを愛し、歌手がステージに立てば拍手を送って、毎週日曜には教会に通ってゴスペルを歌う。
この愚直な白人たちの姿はまた、本作が製作された1970年代、閉塞感に満ちたアメリカ社会全体を象徴していると言っていい。

主要登場人物は24人に上り、ストーリーらしいストーリーはなく、約2時間50分に及ぶ上映時間のうち1時間がC&Wの歌で占められている。
日本では万人向けとは言い難いが、アメリカ映画史に特異な位置を占めている作品であることは確か。

前出の町山氏は、本作にインスパイアされた群像劇として、ポール・トーマス・アンダーソンの『マグノリア』(1999年)を挙げている。
日本の映画ファンにはそちらのほうがまだしも面白く観られるかもしれない。

オススメ度B。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2019リスト
A=ぜひ!(^o^) B=よかったら(^^; C=ヒマなら(-_-) D=やめとけ(>_<)
※ビデオソフト無し

52『ゴッホ 最後の手紙』(2017年/波、英、米)A
51『ボビー・フィッシャーを探して』(1993年/米)B
50『愛の嵐』(1975年/伊)B
49『テナント 恐怖を借りた男』(1976年/仏)B
48『友罪』(2018年/ギャガ)D
47『空飛ぶタイヤ』(2018年/松竹)B
46『十一人の侍』(1967年/東映)A
45『十七人の忍者 大血戦』(1966年/東映)C※
44『十七人の忍者』(1963年/東映)C
43『ラプラスの魔女』(2016年/東宝)C
42『真夏の方程式』(2013年/東宝)A
41『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』(2018年/米)B
40『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年/米)B
39『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』(2018年/米)C
38『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(2017年/米)D
37『デッドプール2』(2018年/米)C
36『スキャナーズ3』(1991年/加)C
35『スキャナーズ2』(1991年/米、加、日)C
34『スキャナーズ』(1981年/加)B
33『エマニエル夫人』(1974年/仏)C
32『死刑台のエレベーター』(1958年/仏)B
31『マッケンナの黄金』(1969年/米)C
30『勇気ある追跡』(1969年/米)C
29『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年/米)A
28『ドクトル・ジバゴ 』(1965年/米、伊)A
27『デトロイト』(2017年/米)B
26『クラッシュ』(2004年/米)A
25『ラ・ラ・ランド』(2016年/米)A
24『オーシャンズ13』(2007年/米)B
23『オーシャンズ12』(2004年/米)C
22『オーシャンズ11』(2001年/米)B
21『オーシャンと十一人の仲間』(1960年/米)B
20『マッキントッシュの男』(1973年/米)A
19『オーメン』(1976年/英、米)B
18『スプリット』(2017年/米)B
17『アンブレイカブル 』(2000年/米)C
16『アフター・アース』(2013年/米)C
15『ハプニング』(2008年/米)B
14『麒麟の翼〜劇場版・新参者』(2912年/東宝)C
13『暁の用心棒』(1967年/伊)C
12『ホテル』(1977年/伊、西独)C※
11『ブラックブック』(2006年/蘭)A
10『スペース・ロック』(2018年/塞爾維亜、米)C
9『ブラックパンサー』(2018年/米)A
8『ジャスティス・リーグ』(2017年/米)C
7『ザ・リング2[完全版]』(2005年/米)C
6『祈りの幕が下りる時』(2018年/東宝)A
5『ちはやふる 結び』(2018年/東宝)B
4『真田幸村の謀略』(1979年/東映)C
3『柳生一族の陰謀』(1978年/東映)A
2『集団奉行所破り』(1964年/東映)B※

1『大殺陣』(1964年/東映京都)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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