『長いお別れ』

(2019年 127分 アスミック・エース)

快作『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年)の監督、オリジナル脚本を手がけた中野量太が、アルツハイマー型認知症をテーマにした話題作。
主演の蒼井優がお笑い芸人・山里亮太と結婚して世間を驚かせたばかりとあってか、きょうTOHOシネマズ錦糸町オリナス14時55分の回を観に行ったら、入場券は完売で、場内はぎっしり満員だった。

原作は中島京子の同名小説で、彼女は山田洋次の佳作『小さいおうち』(2014年)の原作で直木賞を受賞したベストセラー作家。
本作は認知症と診断された中島の父、フランス文学者・中央大学名誉教授の中島昭和を、中島が9年間に渡って介護した実体験に基づいている。

実質的主役、認知症となる元校長先生・東昇平役は、1936年生まれで今年83歳になる山﨑努。
東が認知症を発症するのは70歳で、山﨑の実年齢より一回り近くも若いが、そのぶんアルツハイマーの症状をリアル、かつユーモラスに演じている。

中野監督らしいなと思ったのは、意表を突いていて思わず吹き出したくなるオープニング。
遊園地のメリーゴーラウンドの前で、ふたりの女の子が係員の若者に「中学生以上が同伴していないと乗せられないんだよ」と言われ、そこへなぜか雨傘を3本持った東が通りかかり、女の子たちに呼び止められる。

ここからお話はいったん過去の2007年夏に遡り、多摩の家で妻・曜子(松原智恵子)と二人暮らしをしながら、東が徐々に認知症を発症してゆく過程が描かれる。
東が徘徊するようになり、ひとりで手に負えなくなった曜子は、結婚してフロリダに住む長女・麻里(竹内結子)と孫息子・崇(蒲田優惟人)、自分の店を持つことを目標に料理人として働いている次女・芙美(蒼井優)を呼び寄せる。

芙美は男運が悪く、同棲していた恋人と別れたばかりで、2種類のカレーを販売しているフードトラックの仕事もうまくいっていない。
一方、麻里は息子の崇が成長するにつれて不登校児童となり、自分と会話をしてくれず、無理解な夫にも悩まされている。

それにしても、山﨑努が認知症患者を演じていることには、『必殺仕置人』(1973年/朝日放送)の念仏の鉄役でファンになったぼくにとっては、まさに隔世の感あり。
家庭で自分の言葉を言った端から忘れるようになり、大学の同期生の通夜に出席して認知症を露呈、それでも不意に見せる笑顔で家族を和ませる、という壊れかけた父親像を大変巧みに表現している。

こういう映画はどうしても深刻になりがちだが、中野監督は終始一貫してユーモアとアットホームな雰囲気を滲ませた演出に徹している。
東の症状が進行し、もはや家族とまともなコミュニケーションが取れなくなったころ、徘徊している東を家族総出で探し回り、冒頭のメリーゴーラウンドへとつないでいるところなど、相変わらずストーリーテリングが巧み。

終盤には曜子が白内障を患って入院、芙美が実家に住み込みで東の介護をしなければならなくなり、下の世話までする場面も出てくるが、不思議と暗さも汚らしさも感じさせない。
ただし、そのぶん全体的にはメリハリに乏しい、と感じたのも確かで、何度かトーンをガラリと変え、観る側をズシンと落ち込ませるシーンを挟んだほうが盛り上がったのではないか、という憾みが残った。

家族でこの種の難病に取り組む映画としては、過去にも母親が脳腫瘍となる石井裕也監督の力作『ぼくたちの家族』(2014年)、遺伝性アルツハイマー型認知症患者を演じたジュリアン・ムーアがアカデミー主演女優賞を受賞した『アリスのままで』(2014年)などがある。
そうした諸作品の先例と比べると、本作はいまひとつ食い足りなさが残るものの、いまや認知症を特別深刻な病気として取り上げる時代ではなくなった、ということなのかもしれない。

採点は75点です。

TOHOシネマズ新宿・日比谷・六本木・錦糸町、新宿ピカデリーなどで公開中

※50点=落胆 60点=退屈 70点=納得 80点=満足 90点=興奮(お勧めポイント+5点)

2019劇場公開映画鑑賞リスト
5『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年/米)80点

4『アベンジャーズ エンド・ゲーム』(2019年/米)75点
3『ファースト・マン』(2018年/米)85点
2『翔んで埼玉』(2019年/東映)80点
1『クリード 炎の宿敵』(2018年/米)85点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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