The Arm
この本は春先、江戸川大学准教授の神田洋氏にfacebookで紹介され、すぐさまネットで取り寄せた。
神田氏は以前、共同通信で巨人やメジャーリーグで松井秀喜を取材し、松井氏の著書『エキストラ・イニングス――僕の野球論』(2015年/文藝春秋)の構成も務めている。
そういう人に「赤坂さん、この本は面白いですよ」と勧められたら、手に取らないではいられない。
帯に書かれているように、今年大谷翔平が手術を受けて話題になった投手の肘の故障について、原因、背景、治療の実際、さらに日米における現状と捉え方などが詳しく書かれている。
私はこれまで、仕事の原稿で慣用句のように「靱帯再建手術」、「トミー・ジョン手術」という言葉を使ってきたが、本書を読んで、その手術の内実の半分も知らなかったことを痛感させられた。
著者が「肘の痛み・手術」との戦いの主人公として選んだのはダイヤモンド・バックスのダニエル・ハドソン、ドジャースのトッド・コッフィーという2人の中継ぎ投手。
試合中に肘を痛め、突然投げることができなくなり、様々な苦悩と葛藤の果てに手術を決断する彼らは、果たしてメジャーリーグのマウンドに復帰できるのか。
このうち、コッフィーに手術を行うニール・エルアトラッシュ博士は、今年大谷翔平の肘にメスを入れたことでも知られるスポーツ外科手術の権威である。
ハドソンとコッフィーの野球人生を追いながら、著者パッサンはなぜ大リーグの投手はこんなにしょっちゅう肘の靭帯を痛めるのか、彼らが本格的に野球に取り組み始める10代のころの環境に問題があるのではないかと、独自の取材と考察を展開。
大学やメジャーのスカウトが10代の投手を品定めする場となっている野球のイベント〈ナショナル・ショーケース〉の実態と、そこで将来の大リーガーを目指す少年とその家族の群像も描いている。
さらに、日本にまで足を運び、投球過多が問題視された済美高校・安楽智大や上甲正典監督にもインタビュー。
ひとつひとつのエピソードに短編ノンフィクション並みのドラマ性があり、現時点で日米の「野球肘」について取材し、論じた本としては一番と言っていい出来栄えを示している。
本書を読まずして投手の肘を語るなかれ。
著者は今春「大谷の二刀流は失敗する」と予想し、ネットで〝公開謝罪〟していたが、そんなことに怯まず、次回はぜひ大谷の復活ストーリーをものしてもらいたい。
(発行:ハーパーコリンズ・ジャパン 翻訳:棚橋志行 第1刷:2017年3月7日 定価:1800円=税別
原書発行:2016年)
2018読書目録
25『大暗室』江戸川乱歩(初出1936年~/東京創元社)
24『何者』江戸川乱歩(初出1929年~/東京創元社)
23『湖畔亭事件』江戸川乱歩(初出1926年~/東京創元社)
22『盲獣』江戸川乱歩(初出1931年~/東京創元社)
21『かわいい女・犬を連れた奥さん』アントン・チェーホフ著、小笠原豊樹訳(初出1896年~/新潮社)
20『カラマーゾフの兄弟』フョードル・ドストエフスキー著、原卓也訳(初出1880年/新潮社)
19『マリア・シャラポワ自伝』マリア・シャラポワ著、金井真弓訳(2018年/文藝春秋)
18『スポーツライター』リチャード・フォード (1987年/Switch所収)
17『激ペンです 泣いて笑って2017試合』白取晋(1993年/報知新聞社)
16『激ペンだ! オレは史上最狂の巨人ファン』白取晋(1984年/経済往来社)
15『戦国と宗教』神田千里(2016年/岩波書店)
14『陰謀の日本中世史』呉座勇一(2018年/KADOKAWA)
13『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦(2015年/講談社)
12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房)
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)