『何者』江戸川乱歩

『何者』江戸川乱歩

 乱歩の小説は余人の追随を許さぬ傑作がある一方、明らかに書き流していると思しき凡作も少なくない。
 が、どうせつまらないオチがつくんだろうな、と察しはついても、ついついおしまいまで引きずられてしまう。

 恐らく、それが〝真の作家〟だけが持つ、詐話氏とも相通ずる〝読ませる力〟なのだろう。
 というわけで、またヨドバシドットコムで購入した創元推理文庫・乱歩傑作選の『何者』である。

 表題作は明智小五郎が活躍する1929年(昭和4年)の傑作中篇で、明智のデビュー作品『D坂の殺人事件』(1924年=大正13年)から5年後に発表された。
 このころの明智はまだ名探偵としての評価が定着しておらず、正義感ぶったところもなくて、陰惨な事件を個人的に面白がりながら調査しているだけの、マニアックな探偵趣味を持つ無職の青年、という側面が強い。

 肝心の話になるといつもニヤニヤ笑ってごまかし、自分だけが突き止めた真相をなかなか漏らそうとしない、という嫌味でもったいぶったところもある。
 本作はそういう明智独特のアクの強さがよく出ている一篇で、昭和初期の由比ヶ浜の情景描写、井戸の周辺に残された足跡を使ったトリックも非常に秀逸。

 それに比べると、明智が世間でも有名な名探偵となってから書かれた『暗黒星』はあまり面白くない。
 東京市麻布の一角に立つ赤煉瓦の西洋館で富豪の家族が次々に殺される、というアイデアと舞台設定はいいが、狭い家屋の中で覆面とマントを身に纏った怪人の正体がいつまでもわからない、というのはいくら何でも不自然に過ぎる。

 犯人が誰かも、乱歩作品をある程度読み込んでいる読者か、今時のミステリのファンなら容易に察しがつくだろう。
 本作はテレビ朝日の『土曜ワイド劇場』か何かで、荻島真一主演(明智ではなく犯人役)でテレビドラマ化されたような記憶があるが、これははっきりしません。

(発行:東京創元社 創元推理文庫/乱歩傑作選15
 初版:1996月4月26日 5版:2012年1月6日 定価:700円=税別
 初出:『何者』1929年11月27日~12月29日号/〈時事新報〉
    『暗黒星』1939年1月~12月/〈講談倶楽部〉)

2018読書目録

23『湖畔亭事件』江戸川乱歩(初出1926年~/東京創元社)
22『盲獣』江戸川乱歩(初出1931年~/東京創元社)
21『かわいい女・犬を連れた奥さん』アントン・チェーホフ著、小笠原豊樹訳(初出1896年~/新潮社)
20『カラマーゾフの兄弟』フョードル・ドストエフスキー著、原卓也訳(初出1880年/新潮社)
19『マリア・シャラポワ自伝』マリア・シャラポワ著、金井真弓訳(2018年/文藝春秋)
18『スポーツライター』リチャード・フォード (1987年/Switch所収)
17『激ペンです 泣いて笑って2017試合』白取晋(1993年/報知新聞社)
16『激ペンだ! オレは史上最狂の巨人ファン』白取晋(1984年/経済往来社)
15『戦国と宗教』神田千里(2016年/岩波書店)
14『陰謀の日本中世史』呉座勇一(2018年/KADOKAWA)
13『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦(2015年/講談社)
12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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