『湖畔亭事件』江戸川乱歩

 表題作の『湖畔亭事件』は、窃視癖のある主人公が山間の温泉宿で神経衰弱の療養中、殺人事件を目撃してしまう。
 浴場の脱衣所に覗き見用のからくりレンズを仕掛けておいたところ、ムチムチの女体が大写しになって興奮していた矢先、ギラリと短刀が光って鮮血が飛び散った。

 しかし、宿の主人や女中、泊まり合わせた客たちも一向に騒ぎ出す気配がない。
 これはどうしたことか、自ら警察に通報するべきか、しかしそんなことをしたら、自分の覗き見していたことがバレるではないか、と主人公が右往左往する様子が一番おかしい。

 ただし、乱歩が犯人も真相も決めないままに書き出したためか、種明かしとオチはいまひとつ。
 こうも行き当たりばったりで強引な展開だと、ちゃんとオチはつくんだろうなと、逆の意味でハラハラさせられたが。

 『一寸法師』は朝日新聞に連載された小説だが、これほどの身障者差別作品がよく朝日に掲載されたものだと、別の意味で感嘆させられた。
 こちらはある程度ストーリーと謎解きの骨組みを作り上げてから連載を始めたようで、最後まできっちり読ませ、それなりに得心のいくエンディングになっている。

 ただ、新聞連載だけに如何せん各章を短く区切らざるを得ず、その中で細かく見せ場を作らなければならないという制約のためか、もっと書き込むべき場面が中途半端にとどまっている憾みも残る。
 とくに一寸法師が自白する場面の端折り方など、いかにももったいない(1955年の映画化版ではなかなかの見せ場に仕立て上げていたが)。

(発行:東京創元社 創元推理文庫/乱歩傑作選9
 初版:1995月8月18日 7版:2017年5月26日 定価:720円=税別
 初出:『湖畔亭事件』1926年1月~5月/毎日新聞社〈サンデー毎日〉
    『一寸法師』1926年12月~1927年2月/朝日新聞)

2018読書目録

22『盲獣』江戸川乱歩(初出1931年~/東京創元社)
21『かわいい女・犬を連れた奥さん』アントン・チェーホフ著、小笠原豊樹訳(初出1896年~/新潮社)
20『カラマーゾフの兄弟』フョードル・ドストエフスキー著、原卓也訳(初出1880年/新潮社)
19『マリア・シャラポワ自伝』マリア・シャラポワ著、金井真弓訳(2018年/文藝春秋)
18『スポーツライター』リチャード・フォード (1987年/Switch所収)
17『激ペンです 泣いて笑って2017試合』白取晋(1993年/報知新聞社)
16『激ペンだ! オレは史上最狂の巨人ファン』白取晋(1984年/経済往来社)
15『戦国と宗教』神田千里(2016年/岩波書店)
14『陰謀の日本中世史』呉座勇一(2018年/KADOKAWA)
13『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦(2015年/講談社)
12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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