『ザ・シークレットマン』

Mark Felt: The Man Who Brought Down the White House

 1972年のウォーターゲート事件報道においてワシントン・ポストの情報源を務めたFBI副長官マーク・フェルトの評伝で、原題は「マーク・フェルト/ホワイトハウスを打ち倒した男」。
 邦題はウォーターゲート事件の真相をスクープし、フェルトに〝ディープ・スロート〟と名付けた記者ボブ・ウッドワードが、フェルトとの関係を明かした著書のタイトルでもある。

 この映画は前項『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』を上映したギンレイホールの併映作品で、25日13時55分、『ペンタゴン』よりも先に見た。
 『ペンタゴン』の作為が鼻についたのは、大変抑制の効いたタッチに徹した本作に、胸にずしりと重い静かな感動を覚えたからかもしれない。

 開巻、1972年4月11日、フェルト(リーアム・ニーソン)がホワイトハウス内政担当補佐官室に呼び出される場面から、この映画は始まる。
 ここでジョン・ディーン大統領法律顧問(マイケル・C・ホール)から、48年間FBIを支配し続け、ニクソン政権の〝獅子身中の虫〟となっているジョン・エドガー・フーバー長官の失脚工作に協力するよう求められる。

 見返りは次期FBI長官の椅子だったが、フェルトはその場でディーンの要求を敢然と拒否。
 「FBIは政府にもいかなる情報機関にも従属しない独立した捜査機関です」と啖呵を切り、フーバー長官のメモには「現政権を担う高官たちの私生活や愛人の存在まで明記されていますよ」と、逆に脅しをかけてホワイトハウスを去る。

 それから約3週間後の5月2日、フーバーが脳卒中で急逝すると、フェルトはすぐさま警察や政府機関が乗り込んでくる前に「フーバー・メモ」を処分するように指示。
 次期FBI長官は当然自分だろうと待ち構えていたところへ、まったく捜査経験のないL・パトリック・グレイ司法次官補(マートン・ソーカス)が長官代理として派遣される。

 フーバーの死を機にFBIを牛耳ろうとするニクソン大統領の人事であることは明らかで、グレイの背後ではかつてフーバーを批判してFBIを追われた元ナンバー3ビル・サリバン(トム・サイズモア)も暗躍していた。
 彼らに重要な捜査情報を漏らさず、FBIから排除しようとフェルトが躍起になっていた矢先、ニクソン政権を揺るがすウォーターゲート事件が発覚する。

 ニクソンとホワイトハウスはこの事件を矮小化して揉み消そうと画策、グレイ長官代理を通じてフェルトに激しいプレッシャーをかけてくる。
 そこでフェルトはタイムズ誌の記者サンディ・スミス(ブルース・グリーンウッド=『ペンタゴン・ペーパーズ』のロバート・マクナマラ国務長官役)、ワシントン・ポストの記者ボブ・ウッドワード(ジュリアン・モリス)と接触、捜査情報を漏らしてホワイトハウスからの漏洩であるかのように見せかけ、ニクソンの思惑を潰そうと謀った。

 この映画を見る限り、フェルトが〝ディープ・スロート〟となった最大の動機は、あくまでFBIと自分の仕事に対する愛情、及び独立性を死守したいがためだった。
 ただし、それは捜査活動の秘匿、外部機関からの絶対的自主独立の維持というフェルトの信条と相反しており、ニーソンの演技からも常に自己矛盾に苛まれていたことがうかがえる。

 家庭生活は幸福だったとは言えず、フーバーの異動命令によって17回も引っ越しを繰り返しているうち、妻のオードリー(ダイアン・レイン)はアル中とうつ病になってしまった。
 娘ジーン(マイカ・モンロー)も大学在学中に音信不通になり、左翼テロ組織に関与していないかと恐れたフェルトは、何度も娘の転居先を調べては直筆の手紙を書き送るのだが、そのたびに宛先不明で戻ってくる。

 監督・脚本・製作を手がけたピーター・ランデズマンはもともとニューヨーク・タイムズ・マガジンやニューヨーカーなどで活躍していた元記者で、映画界に転身する以前からフェルトに興味を抱いていたという。
 2005年にヴァニティ・フェア誌でフェルト自ら〝ディープ・スロート〟だったことを告白すると、すぐさま本人に会いに行き、家族も含めて様々な証言を取材し、10年以上かけて本作の製作にこぎつけた。

 告白した当時、フェルトはすでに認知症を発症しており、当時の事件の背景や人間関係も複雑なため、映画を見ているだけでは、なぜフェルトが内部告発に踏み切ったのか、いまひとつ納得しがたい印象も残る。
 とはいえ、歴史的事件の裏側に踏み込み、がっちりした人間ドラマを構築した出来栄えは大いに賞賛されていい。

 採点80点。

(2017年 アメリカ=ソニー・ピクチャーズ・クラシックス/日本配給2018年 クロックワークス 103分)

※50点=落胆 60点=退屈 70点=納得 80点=満足 90点=興奮(お勧めポイント+5点)

2018劇場公開映画鑑賞リスト
5『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』(2017年/米)75点
4『万引き家族』(2018年/ギャガ)85点
3『カメラを止めるな!』(2017年/ENBUゼミナール、アスミック・エース)90点
2『孤狼の血』(2018年/東映)75点
1『グレイテスト・ショーマン』(2017年/米)90点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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