The Sportswriter
リチャード・フォードはレイモンド・カーヴァー、チャールズ・ブコウスキーと並ぶ現代アメリカ文学を代表する作家で、短編小説の名手として知られる。
しかし、もともと寡作なこともあり、翻訳されている短編集も『ロック・スプリングズ』(1987年)1冊しかない。
その前年に上梓されたフォードの出世作『スポーツライター』が読みたくて、断片的にでも日本語訳を読めないものかと探し続けていたところ、やっと〈Switch〉1987年2月号(画像=表紙の人物はアメリカのスポーツライター兼作家ジョージ・プリンプトン)に掲載されている本作を見つけた。
原語版の単行本はフランク・ボスコムという20代後半のスポーツライターを主人公とした連作小説で、その中に収録されている一篇である。
作家志望のボスコムはすでに数冊の小説を出しており、スポーツライターの仕事を「薄っぺらい」ものだと感じている。
それでも、知り合いの編集者の依頼を受けてこの仕事を始めたのは、もともと常人に真似できないパフォーマンスを見せるスポーツ選手に尊敬の念を抱いていて、彼らに取材し、彼らについて書くチャンスを逃したくなかったからだった。
そのボスコムに、水上スキーの事故で下半身不随になり、引退に追い込まれた元アメリカン・フットボール選手ハーブ・ワラハーのインタビュー記事を書いてほしい、という仕事が持ち込まれる。
かつての華やかな現役生活から一転、車椅子生活をしているワラハーにインタビューをするため、ボスコムは彼の友人や元チームメート、事故が起こった水上スキーの際にボートを運転していた人間にまで取材。
ワラハーとも事前に何度か電話で会話を交わし、十分にインタビュー対象の気持ちをほぐしたあと、彼が事故後に結婚した妻と暮らしているデトロイトの自宅へ向かう。
デトロイト空港に着いてみたら当地は雪で、運転に自信のないボスコムはレンタカーを借りるのを諦め、タクシーでワラハーの家を目指す。
一見本筋とは関係なさそうなタクシーの車窓から見える風景描写、ボスコムとタクシー運転手との無味乾燥で意味ありげな会話の積み重ねが、『ロック・スプリングズ』のように読む者の不安を掻き立てないではおかない。
果たして、インタビューはうまくいかなかった。
それどころか、本当なら知りたくなかったワラハーの暗い胸の内までさらけ出されて、ボスコムは途方に暮れる。
こういうとき、スポーツライターは何を書くべきか。
いかに取材対象に向き合い、取材対象の言葉を忠実に再現し、本当の「スポーツ」を、「スポーツ」が人間にもたらすものを描いた作品にすることができるか。
人々が退屈しのぎに読み飛ばし、簡単に忘れてしまうような見栄えのいい雑誌のエッセイみたいな代物としてではなく。
タイプライターを前に自問自答を繰り返すボスコムの姿が、この短編の一番の読みどころである。
どこか『スポーツライター 』の全作品を収録した短編集の翻訳版を出してくれる出版社はないかな。
(翻訳:猪狩哲郎 掲載誌:Switch/現SWITCH 1987年2月号 発行元:株式会社スイッチ・コーポレイション/現株式会社スイッチ 発売元:扶桑社 定価:600円=税別/古書)
2018読書目録
17『激ペンです 泣いて笑って2017試合』白取晋(1993年/報知新聞社)
16『激ペンだ! オレは史上最狂の巨人ファン』白取晋(1984年/経済往来社)
15『戦国と宗教』神田千里(2016年/岩波書店)
14『陰謀の日本中世史』呉座勇一(2018年/KADOKAWA)
13『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦(2015年/講談社)
12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房)
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)