『傷だらけの栄光』(NHK-BS)

Somebody Up There Likes Me

 元ミドル級世界王者ロッキー・グラジアノの半生を描いて、のちのボクシング映画のお手本となった古典的名作。
 実際、いま見ると、シルヴェスター・スタローンが大ブレークした『ロッキー』(1976年)の元ネタと言っていいディテールがそこここに目につく。

 主人公の本名はロッキー・バルベラで、スタローンが演じた主人公の名前ロッキー・バルボアを容易に想起させる。
 もちろん両者とも同じイタリア系で、フィラデルフィアのチンピラだったバルボアに対し、こちらのロッキーはニューヨークのイーストサイドで生まれた悪ガキで、シャバと更生施設を行ったり来たりという経歴がいかにも〝元祖〟っぽい。

 開巻早々、少年時代のロッキーが、ボクサー崩れで飲んだくれの父親ニック(ハロルド・J・ストーン)にいたぶられているシーンが強烈なインパクトを与える。
 ロッキーは健気にも反撃を試みるが、カッとなった父親に力を入れて殴られ、仰向けに倒れて鼻血を流し、泣きじゃくりながら部屋から街中へ駆け出していく。

 ちょうどロッキーの目に止まったショーウインドーの中には、世界ヘビー級王者ジーン・タニーが宣伝しているカミソリが飾られていた。
 ムシャクシャしていたロッキーがウインドーに石をたたきつけて逃げ出した矢先、追いかけようとして諦めた警官のひとりが「あいつの将来は決まった。大人になったらムショで10年は食らい込むぞ」とつぶやく。

 そして、夜の闇の中に消えたロッキーがふたたびその闇の中から走って出てくると、すでに成長したポール・ニューマンになっている、という出だしがまことにうまい。
 イーストサイドの悪ガキたちのリーダーになっていたロッキーが、仲間たちとともに泥棒、強盗、大喧嘩を繰り返し、少年刑務所にぶち込まれるあたりもまことに快調。

 この愚連隊のメンバーで、フィデルというナイフの使い手を演じ、これがデビュー作となったスティーヴ・マックィーンが短いながらも鮮烈な存在感を見せる。
 ロッキーの弟分で、大人になってもチンピラ稼業から足を洗えないロモロ役のサル・ミネオも好演。

 やっとの思いで揉め事続きの少年刑務所を出所したロッキーだったが、今度はその直後に兵役に取られて陸軍配属となり、上官の伍長や大尉をぶん殴って脱走。
 自由を得ても金がなく、わずかなツテを頼ってボクシングのスティルマンズ・ジムへ行き、10ドルほしさにスパーリング・パートナーを務めたところ、マネージャーのアーヴィング・コーエン(エヴェレット・スローン)に才能を見出され、4回戦のリングに上がるようになる。

 6連続KO勝ちで名前が売れたために脱走が露見、ふたたび陸軍へ戻されたものの、ここで陸軍ボクシング部の監督ジョン・ハイランド軍曹(ジャドスン・ブラット)が本気でボクシングに打ち込むように指導。
 ここで軍曹が口にするセリフには、さすが実話ならではの説得力がある。

「おまえのパンチにはほかのボクサーにないものがある。それは憎しみだ。相手に殴られた途端、おまえの右の拳には怒りが流れ込み、ダイナマイトのように爆発する。
 その憎しみをリングで燃やせ。外で燃やしても何にもならん。いつか燃え尽きて何もかも失うだけだ」

 こうして陸軍を懲戒除隊となったのち、プロボクサーとなって連戦連勝を重ねていたころ、ロッキーは妹から友だちのノーマ(ピア・アンジェリ)を紹介される。
 このノーマがまた面白いキャラクターで、美人の割りに地味で陰りがあり、興味のなさそうなロッキーに自ら近づいていくくだりが興味深い。

 最初にノーマを自宅のアパートまで送って行ったとき、「ユダヤ人か?」とロッキーが聞く。
 ノーマが「そうよ。気になる?」と聞き返し、ロッキーが首を振ってキスをする短い場面が実に印象的だ。

 イタリア系のロッキーもユダヤ人のノーマも、WASPが上流階級を占める当時のアメリカ社会にあっては、どちらもいまで言う「負け組」の民族だった。
 基本的にはプロボクサーのサクセス・ストーリーであり、そこに色付けとして添えられたありきたりなラヴシーンに見えるシークェンスに、監督のロバート・ワイズと脚本のアーネスト・レーマンはしっかりと差別の実相を描き込んでいる。

 最初はボクシングを嫌い、試合を見に行くことを頑なに拒否していたノーマはやがて、ロッキーが落ち込んでいると、語気を強めて励ますようになる。
 このノーマがのちに『ロッキー』でタリア・シャイアが演じたエイドリアンの原型であることは明らかだろう。

 実話に基づいたこの映画が『ロッキー』と大きく異なるのは、ここから先の展開である。
 ロッキーが順調に勝ち星を重ね、次の次の試合でいよいよ世界王座に挑戦するところまできたとき、かつてジムへ行けと勧めてくれた陸軍時代の知人、いまはギャングとなっていたフランキー・ペッポ(ロバート・ロッジア)に八百長をやるよう迫られるのだ。

 これを拒否したロッキーは、背中のケガを理由に世界タイトルマッチの前哨戦を中止。
 真相を察知した地方検事局の事情聴取を受け、八百長を強要しようとしたギャングの名前を話すよう求められるが、報復が怖くて口をつぐみ、プロボクサーのライセンスを剥奪されてしまう。

 果たして、ロッキーは名誉とライセンスを取り戻し、世界チャンピオンになることができるのか。
 チャンプになったからこの映画がつくられたとわかってはいても、ここから先の展開も二転三転、いったいどうなることかと手に汗握らないではいられない。

 いよいよ、王者トニー・ゼイルの地元シカゴで世界ミドル級王座に挑戦することになると、直前になってプレッシャーに耐えかねたロッキーは、練習をほっぽり出してイーストサイドに帰ってしまう。
 ここで昔の不良仲間ロモロ、行きつけのソーダ・バーの親父ペニー(ジョセフ・バロフ)に会い、最後に久しぶりに帰った実家で父親と対面、彼らと話しているうちに闘志を蘇らせていく場面が、定石的とはいえ実に感動的だ。

 クライマックスの世界タイトルマッチは迫力たっぷりで、自宅のノーマ、実家の両親、ソーダ・バーに集まった仲間たちがラジオを聴きながら声援を送るシーンも涙をそそる。
 ペリー・コモによる原題と同じタイトルの主題歌がノスタルジアを強め、ロッキーの母親アイリーン・エッカートの存在が効いていることも付記しておきたい。

 本作が初主演作だったニューマンは『ロッキー』のスタローンと同様、その後一躍トップスターとなったことは映画ファンならよくご存知の通りである。
 いやあ、映画って本当にいいものですね!

 オススメ度A。

(1956年 アメリカ=MGM 113分)

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スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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