Чеховские дети, Воскресенье
チェーホフは当初、生活のために書き始めたユーモア小説の短篇作家としてロシア文壇に認知された。
本書に収録された表題作の『子どもたち』『ワーニャ』『実は彼女だった!』などは、どれも軽妙で温かみのあるタッチが特徴で、後年の死生観が色濃く滲み出た諸作品とは随分作風が異なる。
そんなチェーホフが作家として脱皮するきっかけのひとつになった、と言われている作品が巻末の中篇『曠野』。
もっと自分の才能を生かした本格的文学作品を書くべきだ、という当時のロシア文壇の大御所ドミートリイ・グリゴローヴィチの助言と激励が、本作を執筆する大きな動機になったと言われる。
主人公はやはり子どもで、少年時代のチェーホフ自身の分身である9歳のエゴールシカ。
この少年が中学進学を機に故郷のZ県N市を離れ、都会で暮らすことになり、伯父とともに幌馬車に乗せられて旅に出る。
この旅立ちを決めたのは、息子に都会で高等教育を受けさせ、上流社会の仲間入りさせたいという母親だった。
しかし、エゴールシカには何も説明されておらず、僅か9歳で生まれて初めて親元を離れる不安に苛まれながら、南ロシアの広大な原野で馬車に揺られ続ける。
ストーリー自体は極めて単調ながら、将来への不安におののく少年の目を通して描かれた自然の描写が素晴らしい。
少年はまだ社会に参加していないが、社会の枠組みによって移住を余儀なくされた境遇にあり、幼くしてすでに社会的視点を与えられた(与えられざるを得なかった)彼の目を通して、ロシアの雄大な風景が描かれる。
視点が少年に固定されているため、ストーリーが単調という批判もあるが、私に言わせれば、むしろこの北方の文学ならでのダラダラした感じがいいのである。
もし機会に恵まれたら、私もこういうふうに、あえてメリハリをつけず、自分の少年時代を淡々と振り返った自伝的短篇を書いてみたい。
(発行:岩波書店 岩波文庫 翻訳:松下裕 第1刷:2009年9月16日 定価:800円=税別
原語版初出:『子どもたち』1889年、『曠野』1888年)
2018読書目録
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房)
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)