わが国の野球小説の第一人者、阿部牧郎が1980年に上梓した昭和のミステリー。
この時代、巨人をしのぐ最強軍団としてプロ野球界に君臨していた東都ロイヤルズで次から次へとスキャンダルが発覚し、ベテラン選手が週刊誌記者と組んで解決に乗り出す。
モデルはモロバレで、ロイヤルズは西武ライオンズ、武蔵野球場は西武球場、監督の正森は広岡、ヘッドコーチの茂木は森、主砲の矢淵は田淵、ストッパーの江松は江夏。
相手の南海や阪急はチームも選手も実名で登場し、ストーリーの合間に著者の個人的評価を挟んでいるのが面白い。
例えば阪急の捕手・藤田浩雅は、南海の野村克也や東都の茂木(つまり森)に比べて球界やマスコミの評価が低かったが、明るいキャラクターで投手を乗せ、チームを盛り上げる新しいタイプの捕手として描かれている。
その藤田は選手生活の晩年、交換トレードで巨人に移籍し、引退後はファン事業部の職員に転身、現在は球団の盛り上げ役を務めているのだから、さすが阿部さんならではの慧眼と言うべきか。
主人公は高井田邦夫というベテランのスラッガー。
ナイター終了後に愛人のモデル・ペニー古賀に会おうと新宿のホテルに行くと、彼女はバスルームで死体となっていた。
慌ててその場から逃げ出したものの、ホテルのフロントマンに部屋を訪ねたところを見られており、いずれ警察の捜査の手が伸びてくるのは必至。
身の潔白を証明するには、自ら殺人犯を見つけ出し、引っ捕らえて警察に突き出すしかない。
どうやって手がかりを探ればいいのか、あれこれ悩みながら武蔵野球場の試合に出ている最中、高井田はレフトの守備位置からネット裏指定席に現れたペニーの姿を目撃する。
驚いた高井田は平凡なフライを捕り損ない、これが原因でチームは敗れ、監督の正森は高井田に辛くあたるようになった。
と、ここまでは面白いのだが、この先の高井田の行動には腑に落ちない部分も目立つ。
阿部さんの野球小説としては中ぐらいの出来栄えかな。
ちなみに、ぼくが最も感動したのは短編集『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論)、『失われた球譜』(1988年/文藝春秋)。
球史に埋もれた事実を発掘したノンフィクション・タッチの『焦土の野球連盟』(1987年/扶桑社)、『ドン・キホーテ軍団』(1983年/毎日新聞社)も面白かった。
(発行:双葉社 フタバノベルス 第1刷:1980年5月10日 定価:680円/古書)
2018読書目録
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(岩波書店/2017年)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房)
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)