Stagecoach
言わずと知れた西部劇の巨匠ジョン・フォードによる不朽の名作、というより西部劇というジャンルを確立させた映画史に燦然と輝く金字塔。
今日、タランティーノが『イングロリアス・バスターズ』(2009年)、『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)、
『ヘイトフル・エイト』(2015年)などで散々模倣しているマカロニ・ウエスタンの創始者セルジオ・レオーネが、最大のお手本としていたのがこの『駅馬車』である。
つまり、これこそは唯一無二にして空前絶後のオリジナル中のオリジナル。
現代の映画界がいかに優れた監督や俳優をはじめとする作り手を輩出し、どれほど進歩した技術した開発しても、これだけは絶対に真似できないという世界遺産のような作品なのだ。
粗筋は至極単純。
アリゾナ州トントからニューメキシコ州ローズバーグへ向かう定期便の駅馬車が酋長ジェロニモ率いるアパッチ族に襲撃され、若き無法者リンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)をはじめ、駅馬車に乗り合わせていた客たちが果敢に応戦、あわや全滅かと思われた矢先、進軍ラッパも勇ましく、騎兵隊が救出に駆けつける。
とくに後半20分に渡って展開される駅馬車とアパッチ族との追撃戦は一番の見せ場で、このノンストップ・アクションはいま見ても凄まじいほどスリリング。
御者のバック(アンディ・ディバイン)が狙撃されて負傷するや、リンゴが疾走する馬を御すべく、御者台から6頭の馬の背から背へと飛び移り、ついに先頭に達して駅馬車を窮地から救うくだりは、すべてロケーション撮影されているだけに、合成やCG技術の発達した現代のアクション映画をしのぐ迫真の名場面となっている。
それ以上に感嘆させられるのは、登場人物の配置、個々のキャラクターの描き分けの巧みさだ。
何よりも、キャスティング・クレジットのトップがリンゴ役のウェインではなく、そのリンゴが惚れる女ダラス(クレア・トレヴァー)であることに注目したい。
ダラスは酒場で働く女だったが、トントの婦人会の鼻つまみ者となり、町から追放され、駅馬車でローズバーグの実家へ帰らざるを得なくなった身。
戦時中の映画なのであからさまには語られないが、娼婦であることが容易に察しられる。
駅馬車に乗り合わせた貴婦人ルーシー(ルイーズ・プラット)は騎兵隊のマロリー大尉の妻で、最初のうちはダラスをあからさまに見下した視線を注いでいた。
が、駅馬車の移動中、妊娠していたルーシーが産気づくと、ダラスは献身的に看病して赤子を取り上げ、これをきっかけにルーシーもダラスに対する態度を改める。
他人に尽くす役割意識に目覚め、気高い精神性を獲得するこの娼婦は、レオーネの代表作『ウエスタン』(1968年)のヒロイン、クラウディア・カルディナーレが演じたジル・マクベインを彷彿とさせる。
そのジルを乗せた馬車がモニュメント・バレーを疾走する場面もまた、この『駅馬車』にそっくりだ。
主人公のリンゴは前半まで、そんなダラスを傍観者のように冷めた目つきで見ているのだが、後半に入って実はダラスの姿に心打たれていたと胸の内を語り、求婚する。
ダラスはリンゴの告白に感激しながらも、自分が娼婦だったことを打ち明けられずに悩む、というふたりの葛藤を、フォードはまるで女性映画のようにきめ細かく描いてゆく。
加えて、周囲に配置された脇役の人物像がそれぞれ大変魅力的だ。
飲んだくれながらもルーシーの出産を成功させる酔いどれ医者ブーン(トーマス・ミッチェル)、そのブーンに酒をせびられる小心者の行商人ピーコック(ドナルド・ミーク)、やたらと尊大ながら実は銀行の金を横領したバンカーのヘンリー・ゲートウッド(バートン・チャーチル)。
さらに、リンゴを逮捕しながらも彼の人間性に惹かれ、友情を覚えるようになる保安官カーリー・ウィルコック(ジョージ・バンクロフト)。
最初のうちはニヒルな態度を装いながら、最後に義侠心を発揮してアパッチ族に立ち向かう賭博師ハットフィールド(ジョン・キャラダイン)などなど、のちのアメリカのみならず全世界の映画がお手本にしたような人物が大活躍する。
しかも、そのキャラクター同士のからみに無駄がなく、アクション場面以外のシークェンスも極めて濃密な人間ドラマとなっているのだ。
フォードは決して文学者タイプの人間ではなく、撮るだけ撮ったら編集と仕上げはプロデューサー任せ、ただ批評家ウケするコツだけは心得ていた職人だったというが、それでこんな傑作が撮れるのなら大変な天才だったというほかない。
オススメ度A。
(1939年 アメリカ=ユナイテッド・アーティスツ/日本配給1940年 東北新社 99分)
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※A=ぜひ!(^o^) B=よかったら(^^; C=ヒマなら(-_-) D=やめとけ(>_<)
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