counter
www.akasaka-cycle.com
font size       [old site
 home   blog   works   pick-up   others   profile   bbs 
『映画の奈落 北陸代理戦争事件』伊藤彰彦
2015年06月29日(月)


 『北陸代理戦争』(1977年)を初めて見たのは20年ほど前、当時住んでいた赤羽のTSUTAYAで借りたビデオだった。
 深作欣二監督による実録やくざ映画の中では、『仁義なき戦い』シリーズ(1973〜74年)とはまた趣向の変わった異色の作品として印象に残っている。

 最も強烈だったのは、主人公の福井のやくざ・松方弘樹に一方的に惚れ込み、女房となった高橋洋子が、松方と敵対する自分の兄・地井武男を出刃包丁で刺し殺す場面。
 居酒屋の2階で地井の子分に縛られて輪姦された高橋が、松方に助けられて縄を解かれ、カッと目を見開いた次の瞬間、出刃包丁を引っ掴んでダダダダッと階段を駆け下りるや、オダを上げていた地井をグサッ! とやる。

 深作演出のスピード感とダイナミックさ、まったく表情を変えずに実の兄を殺してみせる高橋入魂の演技と相俟って、東映実録路線屈指の名場面となった。
 当時のレンタルビデオはもちろんVHSだから、自分の部屋で何度も巻き戻しては見返した記憶がある。

 もうひとつ、開巻早々、親分の西村晃の首から下を浜辺の土中に埋め、西村の首の周りで松方がジープを猛スピードでグルグルと乗り回す場面。
 実録路線のリンチ場面では『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973年)で千葉真一が川谷拓三をいたぶる場面が有名だが、それに優るとも劣らないド迫力だった。

 女が重要な役割で登場する展開も、リンチの場面にカーアクションの要素を取り入れた演出も、『仁義』シリーズにはない斬新な仕掛けだった。
 さらに言うなら、エンディングが実に威勢がよく、大変ポジティブなイメージで締め括られるところも、『仁義』シリーズ、及び実録路線の諸作と本作の大きな違いである。

 『仁義』シリーズの5作品がそうであるように、実録路線は過去の血生臭い抗争をネタとしているため、相争う双方に死者が続出し、どちらも傷つき、疲れ果てて終幕を迎える。
 ところが、本作では福井の一匹狼・松方が自分の親分・西村に反旗を翻したのみならず、千葉真一、遠藤太津朗らが率いる関西の大組織を真っ向から迎え撃ち、これからも一歩も譲るつもりはない、と宣言したところで終わる。

 つまり、それまでの実録路線が、内包する主題ゆえに暗く後ろ向きな結末となっていたのに対し、『北陸』は極めて前向き、かつ栄えある未来を志向した終わり方(というのも妙な表現だが)で締め括られていたのだ。
 そうした数々の新趣向の裏側にあったのが高田宏治による脚本であり、高田がこの傑作をものにするためにどのような取材を敢行したかを明らかにしたのが本書である。

 あえて乱暴に一括りにまとめてしまうならば、『北陸』は脚本を書いた高田と、高田が主人公(松方)のモデルとした福井の極道・川内弘が、互いの情念をぶつけ合い、ひとつの形に結実させた成果であった。
 そのことが、『北陸』を真っ白な雪原に燃え盛るかがり火のような映画にしている。

 高田は大先輩・笠原和夫が執筆を拒否した『仁義』シリーズ第5作の脚本を引き受け、ファンや批評家はもとより、笠原本人からも酷評された。
 笠原が『仁義』シリーズで脚本家としての名声を不動のものとしたように、おれも世間に評価され、後世に残る代表作を書き上げたい。

 そう切歯扼腕していた高田の前に現れたのが、全国制覇を目指す山口組の向こうを張り、福井で一大勢力を築き上げた川内弘である。
 初めて会った高田に、川内はその後の高田の人生を決定づけるようなセリフを吐く。

「その人を倒さんと、男になれん」

 川内の言う「その人」とは山口組の山本健一であり、高田にとってもまた「その人」に相当する笠原という目の上のたんこぶがいた。
 川内と肝胆相照らす仲となった高田は、川内をモデルとしたヤクザ・川田登を主人公に据え、現在進行形の抗争をネタとした『北陸』の脚本の執筆に邁進する。

 こうして、同じ実録路線の1本でありながら、過去の抗争に題材を採り、すでに第一線から身を引いた人間たちを描いた『仁義』5部作とは、まったくテイストの異なる作品が出来上がった。
 あくまでセピア色のトーンに統一された『仁義』とは違い、『北陸』がまるで青春映画のようなギラギラした輝きを放っているのもそのためである。

 しかし、ここまで現実に寄り添って作られた映画は、誰もが予想だにしなかった影響を現実にもたらす。
 豪雪に見舞われた福井で撮影され、ようやく完成にこぎつけた映画は興行的に惨敗。あげく、公開後2カ月足らずで主人公のモデルとなった川内が射殺されてしまったのだ。

 この事件によって『北陸』は事実上、東映の実録路線に終止符を打つ作品となり、監督の深作も以後二度とヤクザ映画を撮らなかった。
 もう『北陸』のような映画が作られることはないだろうし、その内幕を描いたこのような本が書かれることもあるまい。

 そういう意味では、脚本家・高田と出会った著者・伊藤彰彦氏もまた、高田が川内と巡り会ったときと同様、唯一無二の鉱脈と邂逅したと言えるかもしれない。
 のちに脚本家として成功を収めた高田が様々な経緯によって財産を失うくだりは、行間に形容しがたい哀感が漂う。

 単なる娯楽映画の内幕話を越え、現実と虚構の関係というものを改めて考えさせられた労作。
 この本自体が「実録路線を描いた実録」として見応えある劇映画にできそうである。

(発行:国書刊行会 第1刷:2014年5月25日 第3刷:同年11月15日 定価:2400円=税別)

 2015主要読書録

10『映画監督 深作欣二』深作欣二、山根貞男(2003年/ワイズ出版)
9『「妖しの民」と生まれきて』笠原和夫(1998年/講談社)
8『都会で聖者になるのは大変だ ブルース・スプリングスティーン インタビュー集 1973-2012』ジェフ・バーガー編(2013年スペースシャワーブックス)
7『あ・うん』向田邦子(1981年/文藝春秋)
6『霊長類ヒト科動物図鑑』向田邦子(1981年/文藝春秋)
5『エキストラ・イニングス――僕の野球論』松井秀喜(2015年/文藝春秋)
4『海辺のカフカ』村上春樹(2002年/新潮社)
3『坑夫』夏目漱石(1908年/岩波書店)
2『らも 中島らもとの三十五年』中島美代子(2007年/集英社)
1『カポーティ』ジェラルド・クラーク(1999年/文藝春秋)