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『「妖しの民」と生まれきて』笠原和夫
2015年06月27日(土)


 日本映画界で一時代を築いた名脚本家・笠原和夫が書き残した自伝的作品集。
 前半が月刊シナリオ誌に連載された思春期を振り返るエッセイ、後半が『木挽町のパリ祭』という私小説的作品の2部構成になっている。

 笠原の父・照夫は7度も結婚を繰り返しており、何度目だか判然としない笠原とその妹を生んだ母・さとは、笠原が4歳のときに家を出ている。
 幼少期に捨てられたという母に対する笠原の憎悪は深く、夭逝した妹・照子の葬式に母がやってきたときですら、会話を交わそうとしなかった。

 のちに母が認知症を患い、嫁いだ先の家族から息子が誰だかわかるうちに会ってやってほしいとの連絡があっても、笠原は頑なに拒絶。
 その母が亡くなったのち、うちの墓には入れられないからお骨を引き取ってほしいと懇願され、ようやく同意するのだが、それでもなお「おれの骨壺は絶対にあの女の隣に置くな」と家人に言い残していた。

 父との関係も良好だったとは言えず、家族をほったらかしてゴルフに血道を上げていた道楽親父だった、と容赦がない。
 26歳で東映に就職するまでは、姉や妹が家を出て父子ふたりしかいなかったせいか、しょっちゅう怒鳴り合いを繰り返し、ときには笠原のほうが父に手を挙げることもあった。

 後半の『木挽町のパリ祭』は戦後の占領時代、笠原がパンパン専門の連れ込み宿の管理人をしていたころの思い出話。
 ある日、立派な身なりの米軍中尉が夫人同伴で現れ、息子が朝鮮戦争で半身不随の重傷を負った、もう結婚はできないだろう、しかもまだ女を知らない、ここで息子の生涯一度の相手を世話してほしい、というのだ。

 中尉夫人に車椅子を押されて入ってきた息子には、上顎から下がなかった。
 爆弾で吹っ飛ばされたのか、アメフトのヘルメットについているチンガードの内側にむき出しの白い歯が並んでいる。

 それでも、笠原は宿の常連だったパンパン、吉川聖子(さとこ)という女性にこの息子の相手を頼む。
 この女性こそが本作のヒロインである。

 このとき、24歳の笠原はまだ童貞だった。
 当時、最も気心の知れた女性で、肉体関係に発展しそうな機会は何度かあったものの、生来の潔癖性と気ぐらいの高さから、アメ公のおこぼれをすするような真似ができるかいう思いが先に立ち、自ら手を出そうとしなかった、という。

 その聖子に、顎のない童貞のアメリカ兵の筆下ろしをしてやってくれ、と笠原は頭を下げる。
 ここから先は書かないので、興味のある方は、ぜひ本書を取り寄せて読んでみてほしい。

 非常に痛切な青春の自叙伝であり、映画人が書いた告白本としては若松孝二の『若松孝二・俺は手を汚す』(1982年/ダゲレオ出版)に比肩する面白さ。
 一気に読ませていただきました。

(発行:講談社 第1刷:1998年4月 定価:1700円=税別/絶版 古書価格:2300円=Amazon)

 2015主要読書録

8『都会で聖者になるのは大変だ ブルース・スプリングスティーン インタビュー集 1973-2012』ジェフ・バーガー編(2013年/スペースシャワーブックス)
7『あ・うん』向田邦子(1981年/文藝春秋)
6『霊長類ヒト科動物図鑑』向田邦子(1981年/文藝春秋)
5『エキストラ・イニングス――僕の野球論』松井秀喜(2015年/文藝春秋)
4『海辺のカフカ』村上春樹(2002年/新潮社)
3『坑夫』夏目漱石(1908年/岩波書店)
2『らも 中島らもとの三十五年』中島美代子(2007年/集英社)
1『カポーティ』ジェラルド・クラーク(1999年/文藝春秋)