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『エキストラ・イニングス――僕の野球論』松井秀喜
2015年05月15日(金)


 職業柄、野球選手やOBの著書はそれなりに読んでいるが、原則としてこの欄では紹介しないことにしている。
 ほぼ例外なく代筆者(業界では「ゴーストライター」ではなく「構成」や「編集協力」という言葉を使う)が介在しており、その代筆者の筆力と著者との関係性に出来栄えが左右されるため、本当の著書として評価しにくいからである。

 この種の本の完成度は、著者が代筆者を信頼し、代筆者が黒子に徹して、いかに密接な協力関係を築き上げられるかにかかっている。
 ただし、代筆者の側がいたずらに親密になってはかえって著者に対する遠慮やおもねりが生じるため、常に適度な距離感を保って接しなければならない。

 実は、これが非常に難しい。
 最も親しいとされている記者が書いた有名な野球人の著書などを読むと、著者と代筆者の仲のよさだけはよく伝わってくるが、こちらが知りたいことはいまひとつよくわからない、という本がしばしばある。

 その点、引退後に初めて出たこの松井氏の著書は、代筆者の影がほとんど感じられない。
 そういう意味で、非常に理想的な着地点を見出した稀有な一冊と言える。

 松井氏は序文の中で、現役時代は自分なりの考えがあってもうまく伝えられそうにないと感じると、「言葉を呑み込んでしまうことが少なからずあった」と語っている。
 しかし、引退後にコラムの連載の依頼を受けると、「いままで避けてきたことに時間をかけて挑むのもいいと思った」と、ここに収められた原稿に代筆者とともに取り組んだ。

 松井氏の原稿は共同通信から加盟社に配信され、2013年3月から翌14年11月まで全国の新聞各紙で連載された。
 その41本の原稿に一部加筆し、巻末に代筆者によるインタビュー記事を添えてまとめられたのが本書である。

 ここには長嶋監督による指導法の中身、メジャーリーグを目指した経緯、ヤンキースタジアムで抱いた感慨など、これまで松井氏が「言葉を呑み込んで」いたこと、われわれライターもわかっているようでわかっていなかったことが率直な言葉で綴られている。
 とりわけ、高橋由伸をライバル視していた理由と彼に対する感情、落合博満の打撃のどの部分に感銘を受け、どのように真似をしようとしたか、詳細に語っているくだりが面白い。
 
 この本に出てくる松井氏は、これまでに読んだどの本に書かれた松井氏よりも、ぼくが実際に知っている松井氏に近い。
 極めて透明感のある文章で、等身大の松井氏と、彼のいまの気持ちや考えをほぼ過不足なく伝えることに成功している。

 松井氏は本書を「スポーツに打ち込む若い人」に読んでほしいと語っているが、ぼくはスポーツライターを志す人たちにもぜひ手に取ってもらいたいと思う。
 もちろん、松井氏や野球のファンにも。

(発行:文藝春秋 第1刷:2015年2月15日 定価:1200円=税別)

 2015主要読書録

4『海辺のカフカ』村上春樹(2002年/新潮社)
3『坑夫』夏目漱石(1908年/岩波書店)
2『らも 中島らもとの三十五年』中島美代子(2007年/集英社)
1『カポーティ』ジェラルド・クラーク(1999年/文藝春秋)