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『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦
2018年06月14日(木)


 映画ノンフィクションの傑作『映画の奈落 北陸代理戦争事件』(2014年/国書刊行会)の著者・伊藤彰彦と松方本人の共著による松方の評伝にして自叙伝。
 こういう本を読むと、同じ書き手としては大変羨ましく、おれも久しぶりに俳優の本を書いてみたいなあ、と思わないではいられない。

 表紙をめくると、「読者のみなさまへ 松方弘樹の四百五十日」と題した端書からいきなり引き込まれる。
 伊藤氏は2015年10月から12月にかけて、松方に計20時間に及ぶインタビューを敢行し、その最中に松方が病に倒れ、かろうじてゲラチェックまではできたものの、本書の完成を見ずになくなった、というのだ。

 私自身にとっては、松方弘樹は決して追いかけて見たくなるような俳優ではなかった。
 ただ、小学6年生だった1974年、父親に強く勧められ、毎週家族そろって見ていたNHK大河ドラマ『勝海舟』で主役を演じていたことから記憶に刷り込まれ、生涯忘れられない役者のひとりになった。

 一緒に見ていた両親は、松方の使う江戸弁に、「昔の江戸の人はああいうしゃべり方をしとったんじゃねえ」と、広島弁で感心していた。
 本書によると、この江戸弁は倉本聰(が脚本を書いていたことも本書で初めて知った)がこだわっていた部分で、そういう難しい注文に松方はしっかりと応えていたのである。

 ぼくが映画館で松方弘樹の主演作品を見たのは、『最後の博徒』(1985年/東映)が最初で最後。
 光文社の最終面接を受けたあと、試験会場で一緒だった学生のひとり(大学も名前も忘れてしまった)と、元気の出そうなヤクザ映画でも見ようかと、新宿の東映直営館に足を運んだ。

 ところが、こちらが期待した派手な銃撃戦やアクションシーンはほとんどなく、松方演じる実在のヤクザ・波谷守之(映画での役名は荒谷政之)は敵対する組織の間で和平工作に奔走してばかり。
 それも道理で、本作は殺人教唆容疑で係争中だった波谷に無罪判決がくだった直後、「波谷さんの冤罪を訴える」(松方)内容だったからだ。

 松方は波谷本人に会って話を聞き、彼をはじめ20人ぐらいの暴力団幹部が見ている前で撮影が行われたこともあった。
 若いころから「おっさん」と呼んで慕っていた鶴田浩二が波谷の兄貴分・菅谷政雄(映画では菅田猛雄)役で出演、最後の共演作となったという意味でも、松方にとっては大変重要な作品だったらしい。

 鶴田はいたずら好きで、松方が熱演している最中、カメラの向こう側でよくひょっとこのような変顔をして見せた。
 そのたびに吹き出しそうになるので参ったが、可愛いところのある人だと思った、という松方の述懐が興味深い。

 実は、鶴田は根津甚八さんと共演したNHKドラマ『男たちの旅路/墓場の島』(1977年)でも同じことをやっている。
 しかし、ぼくが根津さんに伺ったところによると、これは鶴田さんの嫌がらせで、「昔から憧れていた俳優だったのでガッカリした」と語っているのだ。

 いったい、どちらが本当なのだろう。
 ぜひ確かめてみたい衝動に駆られるが、いまは3人とも鬼籍に入ってしまった。

 この他にも、本書には映画ファンが驚き、唸って、感動させられる逸話がぎっしり詰まっている。
 続編はできないだろうから、インタビューの未使用部分や追加取材を加え、より大部の決定版を出してほしい。

(発行:講談社 第1刷:2017年2月8日 定価:1800円=税別)
  
 2018読書目録

12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年〜/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年〜/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年〜/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)