counter
www.akasaka-cycle.com
font size       [old site
 home   blog   works   pick-up   others   profile   bbs 
『女の一生』ギ・ド・モーパッサン
2017年07月3日(月)
Une vie


 フローベールに師事し、ゾラの薫陶を受けたモーパッサンのフランス自然主義文学の代表作。
 無惨で酷薄な運命に翻弄される貴族の娘ジャンヌは、フローベールの『ボヴァリー夫人』(1856年)のエマ、、ゾラの『居酒屋』(1877年)のジェルヴェーズに連なる薄幸のヒロイン≠フ系譜に位置づけることもできる。

 退屈な田舎医師の妻という立場から抜け出そうとしたエマ、自ら洗濯屋を経営して人生を切り拓こうとしたジェルヴェーズに比べ、17歳まで修道院に寄宿して教育を受け、親に勧められた貴族との結婚を受け入れたジャンヌは、徹底した受け身の人生を送る。
 冒頭、嫁入りまで純潔を守り、やがて訪れるであろう幸せな結婚生活を夢見る少女のみずみずしい描写が、のちに待ち構える人生の陥穽と闇を予感させ、かえって不安感を募らせる。

 夫となった美男子の子爵ジュリヤンは案の定、一緒に生活し始めると人が変わったようにジャンヌに冷たくなって、事あるごとに金銭欲を剥き出しにする。
 あげく、同居していた女中のロザリを妊娠させたのがジュリヤンだと知ったジャンヌは、離婚して実家へ帰ろうとするのだが、ジュリヤンがそれを許さない。

 このあたりのモーパッサンの筆致は大変サスペンスフルで、ジュリヤンがひとりで寝ていた寝室の中、ベッドでジュリヤンの隣にロザリの頭が見えた途端、半狂乱となるジャンヌの描写がとくに凄まじい。
 ジュリヤンはやがて、ジャンヌの両親と家族ぐるみの付き合いをしていたフールヴィル伯爵の妻ジルベルトとも不倫の関係を結ぶようになる。

 これを察知したフールヴィルは、ジュリヤンとジルベルトが車輪の付いた移動小屋で抱き合っている最中、その移動小屋ごと丘の傾斜から突き落としてしまう。
 このくだりは非常にスペクタクルな見せ場になっており、ほとんど即死したジュリヤンの顔が潰れ、ジルベルトも顎から下が吹き飛んでいたという死に様がまた実にむごたらしい。

 憎むべき夫が亡くなったのち、ジャンヌは夫が義務として残したひとり息子のポールを溺愛する。
 しかし、この息子もジュリヤンの血を引いたためか、娼婦とおぼしき女性とイギリスへ渡り、手紙を寄越すのは金の無心をするときばかり。

 いつかは放蕩息子が帰ってくると信じ、財産を切り崩して仕送りを続けるジャンヌは、いつの間にかすっかり老け込み、人生に疲れ果てた中年の女に成り果てていた。
 ジャンヌもまた、エマやジェルヴェーズのような非業の死を遂げるのであろうかと読み進めていくと、モーパッサンはフローベールやゾラとは一味違った結末を用意している。

 『ボヴァリー夫人』や『居酒屋』に比べると、時代背景や社会情勢との因果関係が描き込まれておらず、それだけメロドラマ的な小説という印象も残るものの、圧倒的なストーリーテリングの力で最後まで一気に読ませる。
 ラスト、かつては夫ジュリヤンの愛人だったが、ジャンヌの下に戻って世話を焼くようになったロザリが、ぽつりとジャンヌに漏らす最後の一言がまことに秀逸。

 この一言によってもたらされる感動は、文学作品によってしか味わえないものである。
 現代の日本の物書きがフランス自然主義文学の古典に学ぶべきことはまだまだ多い。
 
(発行:新潮社 新潮文庫 翻訳:新庄嘉章
 第1刷:昭和26年=1951年2月20日 113刷改版:平成24年=2012年7月15日 定価:590円=税別
 原語版発行:1883年 フランス)

 2017読書目録

21『ホライズン』小島慶子(2017年/文藝春秋)
20『ロバート・アルドリッチ大全』アラン・シルヴァー、ジェイムズ・ウルシーニ著、宮本高晴訳(2012年/国書刊行会)
19『最後の冒険家』石川直樹(2008年/集英社)
18『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』フランク・ブレイディー著、佐藤耕士訳(2015年/文藝春秋)
17『モンティ・パイソンができるまで/ジョン・クリーズ自伝』ジョン・クリーズ著、安原和見訳(2016年/早川書房)
16『勝ち過ぎた監督/駒大苫小牧 幻の三連覇』中村計(2016年/集英社)
15『旅人の表現術』角幡唯介(2016年/集英社)
14『漂流』角幡唯介(2016年/新潮社)
13『雪男は向こうからやってきた』角幡唯介(2011年/集英社)
12『百田尚樹『殉愛』の真実』宝島取材班他(2015年/宝島社)
11『夫のちんぽが入らない』こだま(2017年/扶桑社)
10『1984年のUWF』柳澤健(2017年/文藝春秋)
9『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』角幡唯介(2010年/集英社) 
8『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』呉座勇一(2016年/中央公論新社)
7『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』大崎善生(2016年/角川書店)
6『うしろの正面だあれ』海老名香葉子(初出1985年/金の星社)
5『この世界の片隅に』こうの史代(2008年/双葉社)
4『これが広島弁じゃ!』灰谷謙二監修(2016年/洋泉社)
3『薬物とセックス』溝口敦(2016年/新潮新書)
2『ミナトのせがれ』藤木幸夫(2004年/神奈川新聞社)
1『誘拐』本田靖春(初出1977年/ちくま文庫)