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『完全なるチェス』フランク・ブレイディー
2017年06月17日(土)
End Game: Bobby Fisher's Remarkable Rise and Fall-from America's Brightest Prodigy to the Edge of Madness


 副題は『天才ボビー・フィシャーの生涯』。
 映画『完全なるチェックメイト』(2015年)を見て、このチェスの世界チャンピオンに俄然興味が湧き、Amazonで取り寄せて貪るように読んだ。

 『カポーティ』(ジェラルド・クラーク著、1999年、文藝春秋)、『ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡』(2002年、シルヴィア・ナサー著、新潮社)、『偽りのサイクル 堕ちた英雄 ランス・アームストロング』(2014年、ジュリエット・マカー著、洋泉社)などもそうだったが、一世を風靡した天才を描いてベストセラーとなったアメリカの評伝は大変読み応えがあり、本作もその例に漏れない。
 とりわけ天才たちが垣間見せる狂気・狂態を表現するのに、まったく臆していないところにはいつも感心させられる。

 このボビー・フィッシャーも早熟の天才で世界チャンピオンに上り詰めながら、見栄っ張りでけちん坊、尊大で傲岸不遜、人嫌いで猜疑心が強く、我が儘で気紛れな性格が災いし、周囲を振り回し続けたあげくにタイトルを返上。
 以後、20年間もホームレス同然の生活を余儀なくされ、アメリカ政府の勧告に背いてユーゴスラビアで試合を強行したために帰国できなくなり、世界中を放浪する羽目になる。

 行く先々で支援者たちの厚意に頼って生き延びているくせに、少しでも自分の信条に反し、プライドを傷つけられると、それまですがり続けてきた人間ですら悪し様に罵らないではいられない。
 おまけに妄想型統合失調症の気があり、アメリカ政府への反発、ユダヤ人に対する嫌悪感を隠そうともせず、「911」の発生直後にラジオ番組で「これは文句なしにいい知らせだな。アメリカは頭を蹴られるべきなんだよ」などと嘯いたりする。

 のちに事実婚の関係を結んだ日本の棋士・渡井美代子を頼ってやってきた日本の成田空港で、正式なパスポートを所持していなかったために不法入国容疑で逮捕。
 最後は支援者の援助によってアイスランドで永住権を得るのだが、ここでもおとなしくしてはいられなかった。

 まったくとんでもない人物なのだが、彼と接した人間でなければわからない魅力があったことも確かなのだろう。
 終生のライバルだったボリス・スパスキーが、20年もの隠遁生活から復帰したフィッシャーとの再戦に臨み、「ここで自分が勝ったらフィッシャーは永遠にチェスの世界に戻ってこなくなる」と考え、あえて片八百長≠決意するくだりが大変興味深い。

 著者のブレイディーはフィッシャーと同じチェスプレイヤーで、フィッシャーと数十年にわたる親交を持ったのち、「最終的には付き合いが途絶えてしまった」立場にある、と序文で明らかにしている。
 フィッシャーのような人物を1冊の評伝に著す場合、その天才ぶりとキチガイぶりを詳細に描くには、ブレイディーのような知識、交際期間、友情と愛情、そして埋めがたい距離感を痛感している人間のほかにはいなかったのかもしれない。

(発行:文藝春秋 翻訳:佐藤耕士 初版第1刷:2015年8月10日 定価:1140円=税別
 単行本発行:文藝春秋 2013年2月
 原語版発行:2011、2012年)

 2017読書目録

17『モンティ・パイソンができるまで/ジョン・クリーズ自伝』ジョン・クリーズ著、安原和見訳(2016年/早川書房)
16『勝ち過ぎた監督/駒大苫小牧 幻の三連覇』中村計(2016年/集英社)
15『旅人の表現術』角幡唯介(2016年/集英社)
14『漂流』角幡唯介(2016年/新潮社)
13『雪男は向こうからやってきた』角幡唯介(2011年/集英社)
12『百田尚樹『殉愛』の真実』宝島取材班他(2015年/宝島社)
11『夫のちんぽが入らない』こだま(2017年/扶桑社)
10『1984年のUWF』柳澤健(2017年/文藝春秋)
9『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』角幡唯介(2010年/集英社) 
8『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』呉座勇一(2016年/中央公論新社)
7『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』大崎善生(2016年/角川書店)
6『うしろの正面だあれ』海老名香葉子(初出1985年/金の星社)
5『この世界の片隅に』こうの史代(2008年/双葉社)
4『これが広島弁じゃ!』灰谷謙二監修(2016年/洋泉社)
3『薬物とセックス』溝口敦(2016年/新潮新書)
2『ミナトのせがれ』藤木幸夫(2004年/神奈川新聞社)
1『誘拐』本田靖春(初出1977年/ちくま文庫)