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会長の借金
2001年12月1日(土)
○2001年12月号掲載

 感情移入して取材すると、ろくなことはない。

 プロボクシングのWBC世界ミニマム級王座に挑戦するウルフ時光(24)を訪ねて、倉敷市のジムに初めて通ったのが10月18日だった。

 JR倉敷駅から車で約10分、のどかな田園地帯にジムはあった。
「ええ、よく知ってますよ」
 駅前で拾ったタクシーの初老の運転手は、行き先を告げた瞬間、うなずいた。
 地元では有名なジムだった。

 会長は48歳の守安竜也さん。
 笑うと目が限りなく細くなる、好人物を絵に描いたような人だった。

「実は地元の農協から2000万円ばかり借金しましてね、興行としては結構大変なんです」
 初めて訪れた記者に、金策の裏事情まで打ち明ける。
「そんなこと書いていいんですか」と念を押すと、「ええ、ええ、どうぞ、どうぞ。土地が担保ですし、何とかなるんです」と方言で丁寧に答えてくれた。 

 ウルフの知名度が低いため、チケットが売れるかどうか一番心配だという。
「借金が残ったらバイトでもしますわ」

 最初からこんなに開放的な取材対象はあまり見たことがない。
 わたしはすっかり打ち解けて、「何とかチケットが売れるように原稿を書いて応援しますから」とまで言ってしまった。

 ウルフも好漢だった。
 練習が終わった後の午後8時ごろ、記者の質問に丁寧に応じてくれた。
 減量もあって相当疲れていたろうが、そんなそぶりは少しも見せない。

「田舎のジムからの世界挑戦は大変なんですが、ぼくはこれで2度目、今度こそ会長を男にしたいんです」
 けなげに言う。
 安っぽいスポ根ものに陥りそうな話だが、飾ったところがまるでない師弟だけに、自然に感情移入していた。

 試合結果は、残念ながらメキシコ人の王者に3回TKO負けを喫した。
 その夜、私は突っ込んだ質問もできず、もらい泣きしそうな気分で取材した。

 後日、会長に「借金はどうなりますか」と聞くと、「今のところはバイトしなくても何とかなりそうです」と言う。
 少しばかり安堵した。

※ウルフ時光(本名:時光康夫)は、上野さんがこの記事を書いた翌02年5月10日、倉敷森安ジムで記者会見を開き、引退を表明した。
 通算成績は23戦19勝(11KO)4敗。
 その後、ボクシングの世界から離れて会社員をしている。
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