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深層心理は恐怖感
2001年11月1日(木)
○2001年11月号掲載

 近鉄のローズが目指していたシーズン本塁打記録は、王貞治(当時巨人、現ダイエー監督)の持つ最多記録55本に並んだまま終わった。

 露骨な敬遠は比較的少なかったものの、ダイエーのあるコーチは「松井や小久保なら後につながるが、彼はいずれアメリカに帰るんだから、おれたちが配慮してやらないと」と、勝負を避けるような指示を出していた。

 コミッショナーが「そのような野球がファンに支持されるとは思えない」と批判の談話を発表する騒ぎとなった。

 ローズは128試合目に54本目を打った。そこまでは順調だった。残り12試合。追うの記録を抜くのは時間の問題に思えた。

 しかし、様々な要素が達成を阻んだ。一つは前述の投手の「逃げ」だ。きわどいコースばかりを突き、まともに勝負してこない。

 二つ目はローズ自身の問題だ。ボール球でも強引に打ちにいき、フォームを狂わせた。

 三つ目はチームの置かれた状況だった。優勝を争っていた。個人記録を狙ってばかりはいられない。相手が敬遠策でくるのなら、四球を選ぶのも大事な役割だ。

 タイ記録の55号が出るまでに7試合を要した。残り5試合。まだ可能性はあったが、王を超えることはできなかった。日本野球の矯小差が再び問われることになった。

「なぜ逃げるのか」「打たれたくないからだ」
「プロとして恥ずかしくないか」「投げる立場からいえば勝負してもいいのだが、上からの指示には逆らいにくい」
「ファンが逃げてもいいのか」「それは困るが、打たれるのも不名誉だ」

 投手の深層心理を忖度すれば、プロとして不名誉な名前を残すのを恐れる気持ちがあるだろう。

 王が1977年、後楽園球場で大リーグ記録を抜く756号を打った相手はヤクルトの鈴木康二朗だった。鈴木はぼうぜんとマウンドを降りた。

 以後はその瞬間がしつこいほど再放送され、世界の王の引き立て役としてファンの記憶に残った。やられたほうはたまらない。その気持ちもよくわかる。
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